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ざわついていた室内は轟木と、その補佐を務める宇津見(うつみ)が入室してきた事で静まり返る。途端に空気はピンと張り詰め、上座に座った轟木から放たれる威圧感は凄まじく、空気は重力を持ったかのように重苦しくなった。

あれほど悪口を並べ立てていた四条組長も神妙な顔付きになり、開会の言葉を黙して待っている。
轟木の補佐、宇津見は轟木より一歳年下なだけで年齢はそう変わらない。
変わりがあるとすれば、がっしりとした体格の轟木に比べ宇津木は細い。

白髪混じりの髪を丁寧に整えたその姿は深みを帯びた独特の眼光さえ覗けば一般人に見えなくもなかった。

「これより定例会を始める」

ほんの少ししゃがれた宇津見の声が開会の言葉を告げ、会合は始まった。

「まず、先月報告のあった崎島の件だが…」

特に変わり映えしない定例報告から話は入る。
当然猛も他所から入る情報や組関係の話を聞いているが、何より猛の後ろに控えた唐澤が聞き漏らすことなく次々と流れる報告を頭の中に書き留めていた。

「………」

そうして一段落した中頃に、本日のメインともいうべき議題へ話は移る。

「うちがチャカとシャブを御法度にしているのは暗黙の了解だ。だが、それを破った組がある」

眼光鋭く、座敷の中を見渡した轟木が苦々しくも重く告げた。
そして誰もが禁を犯した組の名を思い浮かべる。

「真山組。首謀者は組長の真山 昭一郎(ショウイチロウ)だ。既に身柄は押さえてある」

発言しているのは轟木だが、皆の意識は自然と猛に向く。
そこで四条がわざとらしく轟木へ問い掛けた。

「聞くところに寄るとオヤジは真山組長の身柄を氷堂に押さえるよう言ったとか」

「そうだが、それが何だ」

「いえ…どうも私の知らぬ間に真山組が潰れたようなので、それもオヤジの指示だったのかと思いましてね」

白々しい台詞に轟木はふむと眉をしかめる。成り行きを見守る周囲の中、話に上げられた猛は表情一つ変えず、堂々とした態度でただ耳だけを傾けていた。

ゆっくりと轟木が口を開く。

「それについては遅かれ早かれ結果は変わらん。シャブに手を出した時点で真山は破門だ」

「なっ…それでは指示を無視した氷堂は…!」

思わず腰を浮かせかけた四条に轟木は続けて言う。

「氷堂。あまりやり過ぎるな」

「…ご忠告痛み入ります」

投げられた声にも猛は揺るがず、普段の調子で答える。自分の思い通りにことが運ばなかったことで四条が怒りに顔を赤く染めていたが猛は視線すら向けなかった。

「四条。周りに目を向けることはいいことだが、たまには自分の足元を見ろ」

その上、轟木から釘を刺される。
僅かに業績の落ちた四条に轟木はやんわりと告げたつもりであったが、四条からして見れば猛と比べられたような気になり、余計猛への敵愾心が増しただけであった。








その後も会合は続き、解散となったのは十時を少し回ってからだった。

轟木と宇津見が下がってからばらばらと皆が席を立ち始める。その中で同じように席を立った猛は唐澤を連れ、座敷を出た所で座敷の外で待っていた宇津見に呼び止められた。

「氷堂、ちょっと来い」

「何ですか」

空いていた隣の座敷に呼ばれ、猛は唐澤と共に座敷に入る。最後に入室した唐澤が静かに襖を閉めたのを視認してから宇津見は口を開いた。

「此度の件、オヤジは不問にしたが不満に思う輩もいる」

「まぁそうでしょう」

しれっと返した猛に心なしか宇津見が表情を険しくする。

「そうでしょうってお前な…」

「俺を気に入らない方々がいるのは重々承知しています。だからと言って俺は引くつもりはありません」

例え上の人間であっても媚びへつらうことなく真っ直ぐに、猛は不遜ともいうべき態度で宇津見を見据えて言い切った。

「氷堂。俺は別にお前を咎めようというわけじゃない。ただ、俺達に何の断りもなく真山を潰した理由が報告に上げられた以外に何かあるんじゃないかとオヤジと俺は思っているんだ」

「何か、とは?」

「お前にしてはやり方が杜撰過ぎる。無断で潰せばお前に不満を持つ連中がここぞと突いてくるのは分かってたはずだ」

それを今回は無視してまでお前は動いた。何かあると勘繰るのは普通だろうと、鋭い眼差しが猛を射る。常人なら畏怖すべきその視線を真っ向から受け止め猛はゆるりと口端を吊り上げた。

「何も…。オヤジや宇津見さんが気にするようなことは何もありませんよ。なぁ唐澤」

「はい。会長の仰る通りです」

猛から話を振られた唐澤は坦々と頷き返す。暫し猛と睨み合った宇津見は最後に唐澤へ視線を向けると、そうかと一つ納得したように呟いた。

「俺達が気にするようなことは何も無かった、と」

「………」

猛の口にした台詞を繰り返し鋭かった眼光を緩めて宇津見は再度猛と視線を合わせた。

「まぁいい。用件はそれだけだ」

「では、失礼します」

話を畳んだ宇津見に一言断りを入れ、猛と唐澤は座敷を出る。既に他の客の気配はなく、屋敷を出て車へと乗り込んだ猛は腕時計で時刻を確認した。

後部座席に深く身を預け足を組んだ猛に唐澤はエンジンをかけ、車を出しながらそっと声をかける。

「お疲れさまです、会長」

「あぁ。…あの様子だとオヤジと宇津見さんにバレるのも時間の問題だな」

「拓磨さんのことですか?」

すっかり暗くなった景色にネオンが眩しい。

「別にあの二人にバレるのは構わねぇが、今はまだ駄目だ」

思ったより遅くなったかと十時半を差した時計に猛は呟く。

「拓磨はまだ不安定過ぎる」

「そうでしょうか?」

ここ数日唐澤から見た拓磨は特に変わりがないように見えた。それは拓磨自身がそう見せているだけで、本当の姿では無いと猛は知っている。

疑問で返した唐澤に猛は答えない。その代わりのように猛は明日の予定を確認した。



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